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※注意
これは、三郎に片思いしている雷蔵が三郎を振り向かせようとする奮闘物語です。
僕の同室者は天才だとか変装名人だとか言われているけれど、そんなこと言う人は騙されていると思う。僕からしたらはっきり言って変人だ。
いつもいつも変装して自分の顔を隠しているし、なに考えているのかさっぱりわからない突飛なことをしでかすし、悪戯はするし学級委員のくせに不真面目だし。そこは顧問が顧問だからいまいち糾弾にはならないのだけれど。
とにかく、あいつを好きになる気持ちがわからない。
そりゃああいつとはもう五年の付き合いだ。悪いところだけでなくちゃんと良いところも知っている。変装のためかもしれないけれど結構周りの人間のことをよく見ているし、必要ならばこっそりと手助けしたり背中を押してやっていることも、知っているんだ。実は頼りになるし、冷静な面もある。ここは自ら人と一線を引いているようで見ていて切ないのだけれど。そんなところも魅力的なんだろうな。何でもそつなくこなして、一人でも生きていけそうで。けれど本当は寂しがりやで一人を好むくせに独りが嫌いで。情緒不安定になるとそれが顕著で。
そんな不均衡なところが人を惹き付けるんだと思う。
・・・ほんと、なんであんな奴が好きとか思うのか不思議で仕様がない。意味が分からない。
なんでなんだ、僕。
最近あいつのことばかり考える。そしてこの感情に触れる。最初は気のせいだと思った。次はちょっとだけ特別なだけの友情だと。
けれど違った。友愛なんだと思いこもうとしたけど駄目だった。
あいつが僕の顔で僕がしない顔で笑う度に優しくなれた。
あいつが僕の隣にいないと物足りなくなった。
あいつが僕の顔をしてないと寂しくて、生徒たちの中からあいつを見つけると嬉しくなった。
気づいたらずっと、あいつのことばかり見ていた。
教室に入ると八が話してる。不思議に思いながら近づいた。
「どうしてその席に座ってるんだ?」
「ああ雷蔵。」
ふたりの前の席に後ろを向く形で座る。僕らの後ろは八と・・・。
「こいつ兵助をからかったらしくてさ。今追われてるんだと。」
「だから雷蔵の姿になれないんだ。それで本来のこの席のあいつはいま委員会で走り回っているからな。調度良いと思って借りた。」
なるほど、いつもは黒板から見て縦に座って話しているのに、と思ったらそういうことか。
「さぁぶろーーっ!!見つけたぞお前っ、」
しばらく三人で談笑していると激しい音を立てて扉の開く音が。見ると髪をぼさぼさにして迫る兵助だった。こちらに近づいて拳を振りかざし・・・こちらに?
「わーっ、待った待った兵助!それ雷蔵!こっちが三郎!」
「八左、おっまえっ!雷蔵助けるのは良いとしても私を売るな!」
「わあうっかり!」
八が指さすと同時に三郎が窓枠を蹴る。
「そっちか三郎!ありがとうはっちゃん、ごめんな雷蔵!」
そうやって急にやって来た嵐は風を巻き起こして去っていった。
「今度はなにしたんだ?」
「あー、実はな・・・」
曰く、兵助が豆腐をいつものように見つめながら自分の世界に入っていたときに三郎がちょっかいを出したらしい。といっても大したことではなく、どっかイってる隙にタカ丸さんも感動するほどの髪型に仕上げたそうだ。そこまでは良かった、兵助も怒ったりしない。ただ我に返った兵助が振り返った際にまだしっかりと挟まっていなかった簪が落ちて。
「見事に豆腐にぶっささったってわけ。」
「それであんなに怒髪天をつく状態だったんだ・・・。」
そういう事!と八が笑う。兵助の整えられたはずの髪は無理に簪や何やらを引っこ抜いたせいか凄まじいことになっていた。
「さすがにそれで三郎が責められるのは可哀想だなあと思ったんだけどな?」
「うっかり言っちゃったんだね。まあ僕は助かったよ、ありがとう。」
にかっと笑みを浮かべてどういたしましてという言葉が返ってくると同時に教師が入ってきた。兵助が振りかざした拳が握っていたのは簪だったのかと先ほどの光景を思い出しながら机へ向き直る。
授業が終わる時間になっても、隣の席は空いたままだった。
「うわあ、凄いことになってるね。」
一日の課程を終え、部屋に戻ると鏡に向かう後ろ姿と出会った。背から見るとよくわかる。簪を中心に髷が螺旋状に巻き上げられていた。
ちらりと視線だけを向けられ、目が合う。おそらくずっとこの調子なのだろうな。
「ああ、雷蔵。おかえり」
「授業中に帰ってこないからサボる気かと思ったら、それと格闘してたのかい?」
ただいまと答えながら背後に座る。とてもではないが僕ではどうにもならなそうな状態だったので見つめるだけにとどめた。
「まったく兵助の奴、力任せに巻くものだからなかなか取れない。」
これでも解けた方なんだと、疲れたのか腕を回しながらため息を吐いた。
「ふふ、兵助の髪を結ってあげたんだって?」
「そう。雷蔵にも見せたかったよ。あれは自信作だったんだ。」
なのに兵助の奴・・・とぶつくされながら再び鏡へ向かう。その姿を見て僕は、自分が今とても嫌いな気持ちに呑まれていると気づく。
「兵助の髪、さらさらで扱いやすかったろう。楽しかったんじゃないか?」
タカ丸さんがいつも誉めているものね。それを見て、三郎も弄りたくなったんだろう。嗚呼、いやだ、いやだ。こんな些細なことなのに、兵助を羨ましく思っている。
違う、羨ましいなんてきれいな言葉じゃない。これは、嫉妬。まさかこいつや兵助に向かって感じるときがくるなんてなあ。
「ああ、あの髪は長いし扱いやすい。笠にだってできそうだったな。」
「そうだよね。・・・僕の髪じゃ出来無そうだなあ。」
自分の髪は兵助ほどは長くない。癖もあるし、湿気がひどいときなんて驚くほど膨らむ。前髪を引っ張りながら自らの髪のどうしようもなさに自然と心が沈んでいった。
その時、さらりと何かが髪を撫ぜる。顔を上げるとすぐ近くに、いつの間にか近づいたのか三郎の顔。
「でも私は、雷蔵の髪に触れる方が好きだよ。」
はらりと髪が指から零れ落ちた。
「確かに雷蔵の髪は細かい細工には向かないだろうけれど、やりようによっては化けると思う。逆に、兵助みたいにするのは勿体無いぞ。このふわふわした柔らかい髪が良いのだから。」
さらさらと耳の近くで髪の梳かれる音がする。微笑むその顔を見てつい僕は、
吹き出してしまった。
「ぶっ、くくく、あはははっ!!!」
「え、っと、雷蔵さん?」
なんで笑うんだとふてくされた顔を見やる。
「ほ、誉めてくれるのは嬉しいけれど、その髪・・・!」
さっきまで後ろ姿しか見えていなかったが、正面から見ると思った以上に笑みを誘うものになっている。見事な螺旋だ、まるでやどかり。
「く、少し待っててくれ、あとちょっとで解けるんだ!」
再び背を向けられるところを引き留めようとして、裾を掴んだ。今度は目が合っても吹き出さない。髪型なんて、視界に入らなかった。
「なあ、それがなんとかなったら、僕の髪を結ってくれるかい?」
「ん、ああ、いいよ。」
「本当に?」
「もちろん」
そっか、と手を離す。そうだ、羨ましければ頼めばいい。手を伸ばしても、いいんだ。だってこんなに傍にいる。
「ありがとう、三郎。」
自分でもわかるほど緩んだ頬に任せて礼を言う。乗り出していた身体を元に戻したが、三郎はいつまで経っても振り返ったままだった。
「三郎?」
どうした、と首を傾げる。すると電流でも浴びたかのようにびくりと身体を震わせて、なんでもないと言いながら背を向けてしまった。
こちらを見てくれないのは寂しいけれど、あれを直したら触れてくれる。
少し恥ずかしかったけど、なんだかすっきりした。
そうだ、そうだよ。求めても、いいんだ。どこまで許してくれるかわからないけれど、僕はもっとこいつを知りたい。
今まで出来ていたことが、より強い思いを自覚したというのに出来なくなるなんて寂しい。そう、昔ならもっと近くにいられた。
そっと近づき、邪魔にならないように背に触れた。
「・・・雷蔵?」
「嫌かい?」
「いや、そういうわけではないんだけれど」
嫌ではないと言うので身体を反転し、背を向けて寄りかかってみた。温かい。刻む鼓動が響いてくる。
「え、あの」
「邪魔かな・・・?」
「だ、大丈夫!だけど。」
「そっか、良かった。」
駄目だったらちゃんと駄目だって言えよ。僕はずいぶん欲張りなようだから、お前が拒絶しないといつまでもずっと手を伸ばすよ。お前を求めるよ。
いつかお前にも傍に寄り添う誰かが現れるのかな。せめてそれまでは、ここに居てもいいかな。
まあそんなときが来ても、なかなか退こうとはしてやらないだろうけどね。当然だよ、五年も掛かってやっとここまで入れてもらったんだから。簡単に譲ってなんてやらない。
ねえ、お前は存外に優しいのだから、ちゃんと言っておくれよ。でないと、ねえもういっそのこと。目指してしまおうか?お前の一番を、
ね、三郎。
***
なんだろう、雷蔵ものっすごくかわいい。そんなに髪結ってほしかったのかな。それとも、いやいやいや、高望みするな俺。今までずっとぬか喜びの空振りだったじゃないか!我慢だ我慢。いまこの空気を壊すのは、勿体無い。・・・嗚呼、温かいなあ。
うん、ほんと。
大好きだよ、雷蔵。
って、言えたらいいなあ。
もう一度言います。これは、(本気で)三郎に片思いしている(と思いこんでいる)雷蔵が三郎を振り向かせようとする(せいで永遠に生殺し食らう三郎の)奮闘物語です。
。。。
雷蔵なんだか後ろ向き、になろうとするので無理矢理路線変更。
たぶん兵助も冷静なときは双忍見分けられるんじゃないかなーと思います。二人が自然体なら。
テーマはいかに三郎のヘタレっぷりをさらすか。雷蔵で三郎を振り回すかです!
09.06.26.
.08.16.改変
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