+ + + + + + + + + +
「ともだちになって!」
「・・・は?」
さすがに意想外な事を言われて思考が固まる。主家と鉢屋の関係を目の当たりにしているだろうになんて事を言い出すのだ。
「それなら、頼み事するとか、喧嘩するとか一緒にいるとかも当たり前だろ?」
「そ、そうなのか?」
「そうらしいよ!」
いかんせん自分にも主にも『ともだち』なんて代物存在した試しがない。しかしどこから『ともだち』というものの在り方を学んできたのか知らないが主は名案だとばかりに顔を輝かせてた。
「たくさんのことを分けあうのがともだちなんだって。これから一緒に暮らすことになるんだろ?いろんなことおまえとできたらいいな!」
「・・・まあ、主がそうしたいって言うなら」
「主じゃないってば、ともだちっ!」
ほわほわして流されやすい気弱な奴と思ってたのになんて強引なんだ。けれど、
「ああ、もうわかった!ともだちな。」
「・・・うん!」
ちゃんと笑ってくれた。それだけでなんかもういいやって思ってしまって、今の方がいいとも思って。それから少し、ほんとに少しだけ、これからどうなるんだろうなって途方に暮れたような不思議な気持ちになった。
でもだからと言ってそれはないと思う。
「じゃあおまえも、ぼくに名前をちょうだい!」
「え、ええ!?」
「なんだよ、分けあうのがともだちって言ったじゃないか。」
「いやでも、」
いくら何でもとんでもないだろうと躊躇っていたのに主はと言えばきらきらとした目を向けてくる。
「いいだろ?ぼくの名前弟と同じだしさ。」
その名前使うのはおまえだけだ。
困った、すごく困ったけれど彼だけを指していた名はもらってしまったし、願われては応えなくては。
さんざん頭の中でぐるぐると思考を走らせた末、よしと気合いをいれて内緒話をするように主の耳にこそりと囁いた。
「・・・え?」
「突然言い出すんだ、俺しか使わないならいいだろ!」
なんだか気恥ずかしくて立ち上がる。力を入れてなかった手のひらは、それでも繋がったまま主も立ち上がった。
「うん、うん!ありがとう、三郎!」
そのとき初めてぽろりとしずくが零れた。嗚呼、きっとワンテンポくらい遅れてるんだろうな、俺の主様は。
そのまま新しい家へと向かう。手は繋いだまま。主従としては問題なんだろうけれど主が笑っているから
まあいいか。
そう思った。
その後も飽きもせずにいろいろな事を話した。友達協定?って言えばいいのか?決まり事をいくつか。ほとんどが俺に向けてのものだった。
まずは、自分の前では『俺』って言えって。うっかり私って言ってなかったのをばっちり聴いていたらしい。『俺』なんて声に出しては言ったことなかったのに、失態だ。後は敬語は禁止とか。
「なんていうかさ、弟が敬語なんだよなあ。」
「なるほど、差異がほしいのか。」
「違いって言うか、『三郎』がほしい」
「・・・ん?」
「三郎らしさ、かな。最初から普通に話されると敬語だと離れちゃった感じするし。それにね、まわりにそんな風に話す奴、いないから。新鮮でうれしいんだ。」
すでに主の姿に自身を模し終えて、来たときよりも何倍も遅く足を運びながら帰路を辿る。木漏れ日が差し込んで、蜂蜜みたいな色した髪がきらきら光ってた。
それが七歳のとき。そのころから私の主はなにを言い出すかわかったものではなかったよ。
確か二年ほど経った頃だったかな。相変わらず修行と称しては仕事の手伝いをさせられていた。詳細は知らされていないからとはいってもいいのだろうかと思わなくもないが、主を優先するということはすでに己の中で当然の主軸だったからまあいいかと気にしないことにしていた。
そして主から離れる数日間が過ぎ去ると、主は私に外の話を聞きたがった。そしてその間は私から離れようとしない。いつもとは真逆だ。
私はというと知らなくていいことは省いたまま、出来うる限りの見聞きしたことを伝えた。そのたびにきらきらした目で相槌を打ってくれるのが見たくて、必要以上に周りを見るようになった。
そんなある日、突然に主は、あろうことか忍になると言い出した。
「僕の中では突然なんかじゃないよ。ずっとずっと考えていたんだ」
「、だめだ。だめだそんなの、忍になんてならなくていい!」
どちらも主張を曲げないまま言い合いとなり、その時初めて私は主の元を離れた。このまま側にいても意見は平行線を辿るだけだ。
しかし外へ飛び出していった主が夕餉の時刻になっても戻ってこないとなればそのまま知らんぷりなども出来ず、私は重い腰を上げた。
向かう先は決まっている。森の奥の開けた場所。巨木の大きな根の間、そこにすっぽりと収まるように足を抱えた主が、ちゃんと居てくれた。
そっと安堵の息を吐き、そして安易に近づいていいか迷う。その時、掠れた声が耳に届いた。
「ずっと決めていたんだ」
泣いてはいなかった。とっくに枯れてしまっただけかもしれないけれど。なにも答えないまま近づく。掛ける言葉が見つからなくて、すぐ目の前で膝を着いた。
「決めていたんだよ、ここまで探しにきてくれる人が現れたら、その人には全部知っていてもらおうって。」
「・・・え?」
「僕の自己満足でしかないけれど。こんな森の奥、好んで入ってくる人なんていないだろう?草が茂って歩きにくくて、ともすれば迷ってしまいそうで。そんな場所まで僕を探してくれるような人がもしいるなら、その人には僕のことを覚えててもらいたいって。」
それがどんなに危険なことであっても。
「俺じゃなくても、よかったのか?」
「そうだね」
はっきりと投げられた言葉に、胸が冷える思いがした。喧嘩中だったはずなのに、本当はもう近寄るなと言われたらどうしようと考えながら必死で森を走ったのに、なぜかそんなことよりも恐ろしく感じた。
「でも、」
ふと、主が顔を上げる。目元が腫れていた。
「でも僕は、お前で良かったと思うよ。」
お前がきてくれなかったら、僕はきっといまも一人でここにうずくまっていた。
「少し何かが違ったら、僕はお前の主じゃなかった。そして、あのときお前がここにこなかったら、僕はそのことさえお前には伝えなかったんだよね。ずっと考えていたんだ、そのことを。本当に、いろんな偶然で、僕とお前はこんな風にここにいるんだなあって、思った。それをね、もしあのときああだったらって他の可能性考えて、動けなくなるのがたまらなく嫌だったんだ。全部全部偶然だけど、だからといって簡単にいまが壊れてしまうことなんてないんだよね。そうだよね・・・っ。」
掠れた声はだんだん水気を帯びて、言葉が止まったとたん鼻をすする音が響いた。あがった顔はこの場の空気が重いとばかりにまたうなだれて、見えなくなってしまった。
おそるおそる腕を伸ばして、ふわふわの髪に触れる。ぴくりと震えたが、振り払われることはなかった。
「・・・どうして、忍になりたいって言いだしたの?」
まだ聞いていなかった。訊こうともしなかった。
そして、今ならちゃんと聴けると思った。
「・・・自分の力で、生きたいって思った。」
一番上の兄様に、お子が生まれたろう?これ以上、ここにやっかいになるわけにはいかないと思ったんだ。
「それが許されると思う?」
「大丈夫だよ、だって、忍はいつ命を失っても不思議ではないんだろう?」
なにも言い返せない。他のどの道よりも、もしかしたら許される選択なのかもしれなかった。
「わかっていて言っているんだ?」
「うん、・・・義理父様にはもう許可をいただいている。もちろん、彼を通して父上にも。」
みんな僕のことなんて意に介さない。たった一人で忍になったくらいで、何かが変わるとも思っていないんだ。そして僕は、それで構わない。
「報復なんて考えていないよ。ただ、僕はこのまま閉じこめられ続けるのは嫌だ。手に職を持って、誰の庇護を受けずとも生きていけるようになりたい。」
主の言い分はわかった。このまま静かに年をとるよりは、格段に良いことかもしれない。けれどそれでも、まだ頷けない。
「なら次の質問、・・・なにが壊れることを、そんなに恐れたの?」
途端ギシリと硬直した身体から、おそるおそると顔が覗く。促すように頭を撫でた。眉間にしわが寄り、言葉にならない声でううと呻く。また下がりそうになった顔を、掬い上げるように包んで身を寄せた。
「教えて。でないと、危険だとわかっていることを許せるわけがない。本当は部下が許すなんて馬鹿げたことだけれど。・・・ともだち、なんだろう?」
丸い瞳がこぼれるんじゃないかと言うほどさらに丸まって、添えた手に温い水が伝う。怖がらせないように、精一杯に主のような笑顔を作った。
上手くできたとは思えない。その証拠に、涙はその量を増やした。
「あ、」
間違えただろうかと慌て、手を離す。しかし離れきる前に両手が捕まれ頭がふるふると震えた。
「そ、だよ、ともだち、だよ・・・っ!なのに、ごめんね、ごめんね・・・っ。」
なにを伝えたいのかがわからない。迷っているうちにひゅうと夜の冷えた風が吹いて、冷やしてはいけないと風上に身体をずらして軽く引き寄せた。するとそのまま身体はもたれ掛かり、慌てて支える。主は両手を抱えるようにしながら、泣き崩れていた。
やがて嗚咽が収まってきた頃、主が顔を上げる。震える肩は弱々しいが、瞳には涙に彩られながら決意に満ちた光がちらりと覗いた。
「他はなにも望まない。今更認められたいとも、家族に戻りたいとも、それがもう無理なことならば変えようとは思わない。けれど、これだけは嫌なんだ。」
おまえが居なくなるのは、それだけは絶対に嫌だ。
「・・・おれ?」
呆気にとられて、頭が真っ白になりながら必死に首肯するそのつむじを眺める。また少し、掴む手に力が籠もった。
「おまえ、僕に何かあるとその身で庇うだろう。」
「それは、役目だから、」
「・・・僕が危ないことするのも、止めるだろう?」
「、守るためにいるんだし、」
「そして、僕が忍になるために外へ出ていったら、おまえは必ず着いてくるんだろう?」
「もちろん。・・・外?」
「そう、外。おまえ言っていたじゃないか。子供を集めて忍術を学ばせる場所があるって。」
そういえば話した気がする。少し自分より体の大きい子供たちが、戦場にいたので良く覚えていた。
「そこで僕も学びたい。生きる術を学んで、守る力を得て、おまえと同じ場所で、空を見たいよ。」
おまえと生きていきたい、僕だっておまえの力になりたい。そして、おまえをここには居させたくないんだ。
「・・・どうして?」
「だって、おまえ家の仕事しているだろう。なんだか、このまま守られるだけで過ごし続けていたら、いつか居なくなってしまいそうじゃないか!ふっと消えてしまいそうじゃないか、僕の知らない間にっ。それが嫌だ。だから、それなら走って追いかけて、おまえに追い付きたい。側にいても心配されないようになりたい。おまえが見ているもの、知っているものを僕も知りたい。そして忍になれたら、もう二度と主扱いされたくない。おまえと一緒に、ずっと、いままで話してくれた場所まで今度は二人で行ってさ。おまえの知らないところも見に行ってさ。二人で、生きていきたいよ・・・!」
「わ、なんだそれ、わがままだな・・・、」
「そ、だよ、その通りだけどもう、ひとりは嫌だっ。せっかくおまえが側にいてくれているんだ。天才児なんて呼ばれてるおまえが!きっと最初にたまたま決まっていただけの、どうとでも変わってしまった関係だけで安心していたら、また僕はひとりになってしまうと思ったから・・・っ。」
今や握りしめた指先は真っ白に染まっていた。立てられた爪が痛い。けれどそれが、夢ではないことを如実に語ってくれていた。
「ね、え。俺の側なんかで、いいの?」
「おまえ以外の、誰を引き留めろって言うんだっ」
涙がたまった瞳が強い光をもって睨みつける。その先には確かに、自分が映っていた。
「偶然でも何でも、ここにいる三郎が、僕に名前をくれたおまえがいいよ・・・っ」
先ほど確かに冷えきった胸の奥が、どくどくと脈打って熱い。ついにそれは溢れて、ぼろりと目から零れ落ちた。
「さ、さぶろう・・・?」
「ほんとに、おれでいいの?他の誰でもなくて、?」
情けなくも視界が潤む。ほうけた主の顔が見えて、そしてくしゃりと歪んだ。
「うん、うん、おまえがいいよ。僕の目の前にいる、三郎がいい。」
あとはもう言葉なんて出なかった。ただただふたりで泣きじゃくった。やっと本当に生きているんだって、思えた気がした。いままでは、その全部が無意識で、自分が変わってきてたことにも気づかなかった。
うれしかった、他の誰でもなく、自分をこんなに必要としてくれたことが。たとえ偶然でも、誰でも良かったとしても、それでもここにいるのが自分で、求めてくれたのが自分のために涙を流すこの主で、そしてその主に仕えるのがこの自分ただひとりで。そのなにもかもが、誇らしかった。情けないながらも鼻をすすりながら、自分の持ってる言葉を必死につなぎあわせてそれを伝えた。自分も考えていることを言葉にしなきゃいけない。それが今できる最大限のお返しだと思った。
「おれ、も。たくさん、もっとたくさん見せたいものがある。一緒に、行きたいところがあるよ。」
「うん、うん。連れていってよ、さぶろうっ」
一緒に行こうよ、ずーっと一緒に!
息がのどにつっかえて音を作らない。馬鹿みたいに首を縦に振って、くらくらした。嗚咽しか、もうでてこなかった。
目を射す光に意識を浮上させる。どうやらいつの間にか泣きつかれて眠っていたようだ。二人してしっかりと肩を抱き合って、木の根に守られるようにして丸くなっていた。
泣きはらした顔はひどいものだった。化粧もぼろぼろだ。それがなんだかおかしくて自然に頬がゆるんだ。驚いた顔をされたのでまた間違えたのかと思ったが、主はとてもとても綺麗に笑ってくれた。腫れ上がっているのに、目も真っ赤なのに、それは初めて会ってからの主の、一番の美しい表情だと思った。そして最後に一滴、朝日に照らされた露がぽたりと地面に滲みいった。
ふふ、ずいぶん長い話になってしまったね。
この続きはまた今度にしようか。嗚呼、勿体ぶってなぞいないよ。まだまだ私も道の途中なのさ。
おや、不安になったかい?心配しなくても、もっとずっと先の話さ。のんびり生きていくと良い。いずれ訪れるのだからね。
ん?よくわかったね。そうだよ、これは私の人生最大の幸運を見せびらかした自慢話だ。仕方ないだろう?私たちの出自は秘されているからね、吹聴できやしないのさ。おまえにくらいのろけさせておくれ、忍としてこれ以上なく誇りに思う主のことをさ。骨の髄まで惚れ込んでしまったんだよ。自分の生さえ肯定させられてしまった。この私がだ。生まれてきて良かったと涙する日が来るとは思ってもいなかった。いまは生きることが楽しくて仕方がないよ。
そうだろう、羨ましいだろう。そんな生き方なぞ知る由もないおまえさんには想像もつかないだろうよ。
けれどね、夢ではないんだよ。おまえを確実に待つ光さね。ほら、うずくまってないでそろそろお立ちよ。良いことばかりではもちろんないけれど、そう腐るような道でもないよ。
ふふ、そら、立ったなら次は歩け。
諦めるなぞらしくはないぞ。呆れられてしまうのは私が困る。
光が見えるだろう、そちらへ向かってまっすぐお行き。拾い集められるものはすべて掴んでごらん。それはいつかおまえの助けとなるよ。捨てざるをえない時もくるだろうが、その時にはもう大丈夫。けして手放せないものが見えているだろうよ。
さあ、いまのおまえにできることは掴みに行くことだ。この先ずっと先にあるものをね。
そう、この先ずっとずうっと共に在るーーー
「ーーらい、ぉ」
「え?」
ふと目が覚めると、そこは見慣れた天井。瞼が開いたのと同時に聞こえてきた方向へ首を傾けると、まんまるに見開かれた目と出合った。
「・・・おはよう」
「あ、うん、おはよ。・・・珍しいね、まだ起きてなかったんだ。」
もう日は障子を通り越して部屋全体を照らしている。起床時間ぴったりのようだ。
「あれ、私寝坊?」
ぼけっとした頭を支え起きあがる。普段ならすでに身仕度を整えて雷蔵が起きるのをのんびり待っている時分なのに。あーあ、寝顔見逃した。
「はは。久しぶりだなあ、お前が寝てるの見たの。」
なにか夢でも見ていたの?楽しそうだったよ。
雷蔵も同時に起きあがり、授業への準備を整え始める。起こしてくれれば良かったのに。悪夢でもないんだし、構わないだろう。そんなことを言い合いながら最後の仕上げに頭巾を縛った。
「・・・なあ、三郎。お前なんの夢見てたか、覚えてる?」
「え?うーんと、・・・全然。」
なんだ残念、内容聴いてみたかったのに。そうこぼした雷蔵が、さっと障子戸を開いた為に朝日が射し込んだ。眩しい光に目を顰めながら、その背を見やる。
「さあ、今からならまだ朝ご飯とっても授業に間に合うよ。早く行こう。」
木目の軋む音がして、廊下を進んでいく音がする。陽光から陰が消えた。
「・・・忘れてなんていないよ。」
夜のうちに雨が降ったらしい。草木が露に濡れてきらきら輝いていた。
「忘れたことなんてない。ずっとずっと覚えてる。」
一歩踏み出して、廊下に近づく。
「あのときの気持ちだって、今も続いてるよ。」
壁に手をふれて、廊下に立った。
「ずっと、おまえの隣にいる。それは、今も変わってない。」
だからそんなに心もとなそうな顔しないで?
「ーーー、」
私はあのきらきらした綺麗な笑顔を、これから先もずっと守り続けようと思っているよ。
end.
雷蔵さんは廊下で立ち止まっていました。
ぐだぐだでくさくてすみません・・・!!とても恥ずかしい。
ちなみに小ネタが二つほどあるのでそのうち書こうと思います。
ので、メモ↓
・一年修行。
・三郎は三人目。だれの代わりじゃなくて。それがお前。
↓別の名前は一応こんなのにしてみました。
『実雷』
音と文字の中に三をいれてこれから先も、兄弟が増えたとしても変わらない三兄弟を表してます。それは兄と双子たちだったり、自分たちだったり。
夢から覚める間際呼んだ名前がこれですね。
09.08.28.
「・・・は?」
さすがに意想外な事を言われて思考が固まる。主家と鉢屋の関係を目の当たりにしているだろうになんて事を言い出すのだ。
「それなら、頼み事するとか、喧嘩するとか一緒にいるとかも当たり前だろ?」
「そ、そうなのか?」
「そうらしいよ!」
いかんせん自分にも主にも『ともだち』なんて代物存在した試しがない。しかしどこから『ともだち』というものの在り方を学んできたのか知らないが主は名案だとばかりに顔を輝かせてた。
「たくさんのことを分けあうのがともだちなんだって。これから一緒に暮らすことになるんだろ?いろんなことおまえとできたらいいな!」
「・・・まあ、主がそうしたいって言うなら」
「主じゃないってば、ともだちっ!」
ほわほわして流されやすい気弱な奴と思ってたのになんて強引なんだ。けれど、
「ああ、もうわかった!ともだちな。」
「・・・うん!」
ちゃんと笑ってくれた。それだけでなんかもういいやって思ってしまって、今の方がいいとも思って。それから少し、ほんとに少しだけ、これからどうなるんだろうなって途方に暮れたような不思議な気持ちになった。
でもだからと言ってそれはないと思う。
「じゃあおまえも、ぼくに名前をちょうだい!」
「え、ええ!?」
「なんだよ、分けあうのがともだちって言ったじゃないか。」
「いやでも、」
いくら何でもとんでもないだろうと躊躇っていたのに主はと言えばきらきらとした目を向けてくる。
「いいだろ?ぼくの名前弟と同じだしさ。」
その名前使うのはおまえだけだ。
困った、すごく困ったけれど彼だけを指していた名はもらってしまったし、願われては応えなくては。
さんざん頭の中でぐるぐると思考を走らせた末、よしと気合いをいれて内緒話をするように主の耳にこそりと囁いた。
「・・・え?」
「突然言い出すんだ、俺しか使わないならいいだろ!」
なんだか気恥ずかしくて立ち上がる。力を入れてなかった手のひらは、それでも繋がったまま主も立ち上がった。
「うん、うん!ありがとう、三郎!」
そのとき初めてぽろりとしずくが零れた。嗚呼、きっとワンテンポくらい遅れてるんだろうな、俺の主様は。
そのまま新しい家へと向かう。手は繋いだまま。主従としては問題なんだろうけれど主が笑っているから
まあいいか。
そう思った。
その後も飽きもせずにいろいろな事を話した。友達協定?って言えばいいのか?決まり事をいくつか。ほとんどが俺に向けてのものだった。
まずは、自分の前では『俺』って言えって。うっかり私って言ってなかったのをばっちり聴いていたらしい。『俺』なんて声に出しては言ったことなかったのに、失態だ。後は敬語は禁止とか。
「なんていうかさ、弟が敬語なんだよなあ。」
「なるほど、差異がほしいのか。」
「違いって言うか、『三郎』がほしい」
「・・・ん?」
「三郎らしさ、かな。最初から普通に話されると敬語だと離れちゃった感じするし。それにね、まわりにそんな風に話す奴、いないから。新鮮でうれしいんだ。」
すでに主の姿に自身を模し終えて、来たときよりも何倍も遅く足を運びながら帰路を辿る。木漏れ日が差し込んで、蜂蜜みたいな色した髪がきらきら光ってた。
それが七歳のとき。そのころから私の主はなにを言い出すかわかったものではなかったよ。
確か二年ほど経った頃だったかな。相変わらず修行と称しては仕事の手伝いをさせられていた。詳細は知らされていないからとはいってもいいのだろうかと思わなくもないが、主を優先するということはすでに己の中で当然の主軸だったからまあいいかと気にしないことにしていた。
そして主から離れる数日間が過ぎ去ると、主は私に外の話を聞きたがった。そしてその間は私から離れようとしない。いつもとは真逆だ。
私はというと知らなくていいことは省いたまま、出来うる限りの見聞きしたことを伝えた。そのたびにきらきらした目で相槌を打ってくれるのが見たくて、必要以上に周りを見るようになった。
そんなある日、突然に主は、あろうことか忍になると言い出した。
「僕の中では突然なんかじゃないよ。ずっとずっと考えていたんだ」
「、だめだ。だめだそんなの、忍になんてならなくていい!」
どちらも主張を曲げないまま言い合いとなり、その時初めて私は主の元を離れた。このまま側にいても意見は平行線を辿るだけだ。
しかし外へ飛び出していった主が夕餉の時刻になっても戻ってこないとなればそのまま知らんぷりなども出来ず、私は重い腰を上げた。
向かう先は決まっている。森の奥の開けた場所。巨木の大きな根の間、そこにすっぽりと収まるように足を抱えた主が、ちゃんと居てくれた。
そっと安堵の息を吐き、そして安易に近づいていいか迷う。その時、掠れた声が耳に届いた。
「ずっと決めていたんだ」
泣いてはいなかった。とっくに枯れてしまっただけかもしれないけれど。なにも答えないまま近づく。掛ける言葉が見つからなくて、すぐ目の前で膝を着いた。
「決めていたんだよ、ここまで探しにきてくれる人が現れたら、その人には全部知っていてもらおうって。」
「・・・え?」
「僕の自己満足でしかないけれど。こんな森の奥、好んで入ってくる人なんていないだろう?草が茂って歩きにくくて、ともすれば迷ってしまいそうで。そんな場所まで僕を探してくれるような人がもしいるなら、その人には僕のことを覚えててもらいたいって。」
それがどんなに危険なことであっても。
「俺じゃなくても、よかったのか?」
「そうだね」
はっきりと投げられた言葉に、胸が冷える思いがした。喧嘩中だったはずなのに、本当はもう近寄るなと言われたらどうしようと考えながら必死で森を走ったのに、なぜかそんなことよりも恐ろしく感じた。
「でも、」
ふと、主が顔を上げる。目元が腫れていた。
「でも僕は、お前で良かったと思うよ。」
お前がきてくれなかったら、僕はきっといまも一人でここにうずくまっていた。
「少し何かが違ったら、僕はお前の主じゃなかった。そして、あのときお前がここにこなかったら、僕はそのことさえお前には伝えなかったんだよね。ずっと考えていたんだ、そのことを。本当に、いろんな偶然で、僕とお前はこんな風にここにいるんだなあって、思った。それをね、もしあのときああだったらって他の可能性考えて、動けなくなるのがたまらなく嫌だったんだ。全部全部偶然だけど、だからといって簡単にいまが壊れてしまうことなんてないんだよね。そうだよね・・・っ。」
掠れた声はだんだん水気を帯びて、言葉が止まったとたん鼻をすする音が響いた。あがった顔はこの場の空気が重いとばかりにまたうなだれて、見えなくなってしまった。
おそるおそる腕を伸ばして、ふわふわの髪に触れる。ぴくりと震えたが、振り払われることはなかった。
「・・・どうして、忍になりたいって言いだしたの?」
まだ聞いていなかった。訊こうともしなかった。
そして、今ならちゃんと聴けると思った。
「・・・自分の力で、生きたいって思った。」
一番上の兄様に、お子が生まれたろう?これ以上、ここにやっかいになるわけにはいかないと思ったんだ。
「それが許されると思う?」
「大丈夫だよ、だって、忍はいつ命を失っても不思議ではないんだろう?」
なにも言い返せない。他のどの道よりも、もしかしたら許される選択なのかもしれなかった。
「わかっていて言っているんだ?」
「うん、・・・義理父様にはもう許可をいただいている。もちろん、彼を通して父上にも。」
みんな僕のことなんて意に介さない。たった一人で忍になったくらいで、何かが変わるとも思っていないんだ。そして僕は、それで構わない。
「報復なんて考えていないよ。ただ、僕はこのまま閉じこめられ続けるのは嫌だ。手に職を持って、誰の庇護を受けずとも生きていけるようになりたい。」
主の言い分はわかった。このまま静かに年をとるよりは、格段に良いことかもしれない。けれどそれでも、まだ頷けない。
「なら次の質問、・・・なにが壊れることを、そんなに恐れたの?」
途端ギシリと硬直した身体から、おそるおそると顔が覗く。促すように頭を撫でた。眉間にしわが寄り、言葉にならない声でううと呻く。また下がりそうになった顔を、掬い上げるように包んで身を寄せた。
「教えて。でないと、危険だとわかっていることを許せるわけがない。本当は部下が許すなんて馬鹿げたことだけれど。・・・ともだち、なんだろう?」
丸い瞳がこぼれるんじゃないかと言うほどさらに丸まって、添えた手に温い水が伝う。怖がらせないように、精一杯に主のような笑顔を作った。
上手くできたとは思えない。その証拠に、涙はその量を増やした。
「あ、」
間違えただろうかと慌て、手を離す。しかし離れきる前に両手が捕まれ頭がふるふると震えた。
「そ、だよ、ともだち、だよ・・・っ!なのに、ごめんね、ごめんね・・・っ。」
なにを伝えたいのかがわからない。迷っているうちにひゅうと夜の冷えた風が吹いて、冷やしてはいけないと風上に身体をずらして軽く引き寄せた。するとそのまま身体はもたれ掛かり、慌てて支える。主は両手を抱えるようにしながら、泣き崩れていた。
やがて嗚咽が収まってきた頃、主が顔を上げる。震える肩は弱々しいが、瞳には涙に彩られながら決意に満ちた光がちらりと覗いた。
「他はなにも望まない。今更認められたいとも、家族に戻りたいとも、それがもう無理なことならば変えようとは思わない。けれど、これだけは嫌なんだ。」
おまえが居なくなるのは、それだけは絶対に嫌だ。
「・・・おれ?」
呆気にとられて、頭が真っ白になりながら必死に首肯するそのつむじを眺める。また少し、掴む手に力が籠もった。
「おまえ、僕に何かあるとその身で庇うだろう。」
「それは、役目だから、」
「・・・僕が危ないことするのも、止めるだろう?」
「、守るためにいるんだし、」
「そして、僕が忍になるために外へ出ていったら、おまえは必ず着いてくるんだろう?」
「もちろん。・・・外?」
「そう、外。おまえ言っていたじゃないか。子供を集めて忍術を学ばせる場所があるって。」
そういえば話した気がする。少し自分より体の大きい子供たちが、戦場にいたので良く覚えていた。
「そこで僕も学びたい。生きる術を学んで、守る力を得て、おまえと同じ場所で、空を見たいよ。」
おまえと生きていきたい、僕だっておまえの力になりたい。そして、おまえをここには居させたくないんだ。
「・・・どうして?」
「だって、おまえ家の仕事しているだろう。なんだか、このまま守られるだけで過ごし続けていたら、いつか居なくなってしまいそうじゃないか!ふっと消えてしまいそうじゃないか、僕の知らない間にっ。それが嫌だ。だから、それなら走って追いかけて、おまえに追い付きたい。側にいても心配されないようになりたい。おまえが見ているもの、知っているものを僕も知りたい。そして忍になれたら、もう二度と主扱いされたくない。おまえと一緒に、ずっと、いままで話してくれた場所まで今度は二人で行ってさ。おまえの知らないところも見に行ってさ。二人で、生きていきたいよ・・・!」
「わ、なんだそれ、わがままだな・・・、」
「そ、だよ、その通りだけどもう、ひとりは嫌だっ。せっかくおまえが側にいてくれているんだ。天才児なんて呼ばれてるおまえが!きっと最初にたまたま決まっていただけの、どうとでも変わってしまった関係だけで安心していたら、また僕はひとりになってしまうと思ったから・・・っ。」
今や握りしめた指先は真っ白に染まっていた。立てられた爪が痛い。けれどそれが、夢ではないことを如実に語ってくれていた。
「ね、え。俺の側なんかで、いいの?」
「おまえ以外の、誰を引き留めろって言うんだっ」
涙がたまった瞳が強い光をもって睨みつける。その先には確かに、自分が映っていた。
「偶然でも何でも、ここにいる三郎が、僕に名前をくれたおまえがいいよ・・・っ」
先ほど確かに冷えきった胸の奥が、どくどくと脈打って熱い。ついにそれは溢れて、ぼろりと目から零れ落ちた。
「さ、さぶろう・・・?」
「ほんとに、おれでいいの?他の誰でもなくて、?」
情けなくも視界が潤む。ほうけた主の顔が見えて、そしてくしゃりと歪んだ。
「うん、うん、おまえがいいよ。僕の目の前にいる、三郎がいい。」
あとはもう言葉なんて出なかった。ただただふたりで泣きじゃくった。やっと本当に生きているんだって、思えた気がした。いままでは、その全部が無意識で、自分が変わってきてたことにも気づかなかった。
うれしかった、他の誰でもなく、自分をこんなに必要としてくれたことが。たとえ偶然でも、誰でも良かったとしても、それでもここにいるのが自分で、求めてくれたのが自分のために涙を流すこの主で、そしてその主に仕えるのがこの自分ただひとりで。そのなにもかもが、誇らしかった。情けないながらも鼻をすすりながら、自分の持ってる言葉を必死につなぎあわせてそれを伝えた。自分も考えていることを言葉にしなきゃいけない。それが今できる最大限のお返しだと思った。
「おれ、も。たくさん、もっとたくさん見せたいものがある。一緒に、行きたいところがあるよ。」
「うん、うん。連れていってよ、さぶろうっ」
一緒に行こうよ、ずーっと一緒に!
息がのどにつっかえて音を作らない。馬鹿みたいに首を縦に振って、くらくらした。嗚咽しか、もうでてこなかった。
目を射す光に意識を浮上させる。どうやらいつの間にか泣きつかれて眠っていたようだ。二人してしっかりと肩を抱き合って、木の根に守られるようにして丸くなっていた。
泣きはらした顔はひどいものだった。化粧もぼろぼろだ。それがなんだかおかしくて自然に頬がゆるんだ。驚いた顔をされたのでまた間違えたのかと思ったが、主はとてもとても綺麗に笑ってくれた。腫れ上がっているのに、目も真っ赤なのに、それは初めて会ってからの主の、一番の美しい表情だと思った。そして最後に一滴、朝日に照らされた露がぽたりと地面に滲みいった。
ふふ、ずいぶん長い話になってしまったね。
この続きはまた今度にしようか。嗚呼、勿体ぶってなぞいないよ。まだまだ私も道の途中なのさ。
おや、不安になったかい?心配しなくても、もっとずっと先の話さ。のんびり生きていくと良い。いずれ訪れるのだからね。
ん?よくわかったね。そうだよ、これは私の人生最大の幸運を見せびらかした自慢話だ。仕方ないだろう?私たちの出自は秘されているからね、吹聴できやしないのさ。おまえにくらいのろけさせておくれ、忍としてこれ以上なく誇りに思う主のことをさ。骨の髄まで惚れ込んでしまったんだよ。自分の生さえ肯定させられてしまった。この私がだ。生まれてきて良かったと涙する日が来るとは思ってもいなかった。いまは生きることが楽しくて仕方がないよ。
そうだろう、羨ましいだろう。そんな生き方なぞ知る由もないおまえさんには想像もつかないだろうよ。
けれどね、夢ではないんだよ。おまえを確実に待つ光さね。ほら、うずくまってないでそろそろお立ちよ。良いことばかりではもちろんないけれど、そう腐るような道でもないよ。
ふふ、そら、立ったなら次は歩け。
諦めるなぞらしくはないぞ。呆れられてしまうのは私が困る。
光が見えるだろう、そちらへ向かってまっすぐお行き。拾い集められるものはすべて掴んでごらん。それはいつかおまえの助けとなるよ。捨てざるをえない時もくるだろうが、その時にはもう大丈夫。けして手放せないものが見えているだろうよ。
さあ、いまのおまえにできることは掴みに行くことだ。この先ずっと先にあるものをね。
そう、この先ずっとずうっと共に在るーーー
「ーーらい、ぉ」
「え?」
ふと目が覚めると、そこは見慣れた天井。瞼が開いたのと同時に聞こえてきた方向へ首を傾けると、まんまるに見開かれた目と出合った。
「・・・おはよう」
「あ、うん、おはよ。・・・珍しいね、まだ起きてなかったんだ。」
もう日は障子を通り越して部屋全体を照らしている。起床時間ぴったりのようだ。
「あれ、私寝坊?」
ぼけっとした頭を支え起きあがる。普段ならすでに身仕度を整えて雷蔵が起きるのをのんびり待っている時分なのに。あーあ、寝顔見逃した。
「はは。久しぶりだなあ、お前が寝てるの見たの。」
なにか夢でも見ていたの?楽しそうだったよ。
雷蔵も同時に起きあがり、授業への準備を整え始める。起こしてくれれば良かったのに。悪夢でもないんだし、構わないだろう。そんなことを言い合いながら最後の仕上げに頭巾を縛った。
「・・・なあ、三郎。お前なんの夢見てたか、覚えてる?」
「え?うーんと、・・・全然。」
なんだ残念、内容聴いてみたかったのに。そうこぼした雷蔵が、さっと障子戸を開いた為に朝日が射し込んだ。眩しい光に目を顰めながら、その背を見やる。
「さあ、今からならまだ朝ご飯とっても授業に間に合うよ。早く行こう。」
木目の軋む音がして、廊下を進んでいく音がする。陽光から陰が消えた。
「・・・忘れてなんていないよ。」
夜のうちに雨が降ったらしい。草木が露に濡れてきらきら輝いていた。
「忘れたことなんてない。ずっとずっと覚えてる。」
一歩踏み出して、廊下に近づく。
「あのときの気持ちだって、今も続いてるよ。」
壁に手をふれて、廊下に立った。
「ずっと、おまえの隣にいる。それは、今も変わってない。」
だからそんなに心もとなそうな顔しないで?
「ーーー、」
私はあのきらきらした綺麗な笑顔を、これから先もずっと守り続けようと思っているよ。
end.
雷蔵さんは廊下で立ち止まっていました。
ぐだぐだでくさくてすみません・・・!!とても恥ずかしい。
ちなみに小ネタが二つほどあるのでそのうち書こうと思います。
ので、メモ↓
・一年修行。
・三郎は三人目。だれの代わりじゃなくて。それがお前。
↓別の名前は一応こんなのにしてみました。
『実雷』
音と文字の中に三をいれてこれから先も、兄弟が増えたとしても変わらない三兄弟を表してます。それは兄と双子たちだったり、自分たちだったり。
夢から覚める間際呼んだ名前がこれですね。
09.08.28.
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