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王道お題『主従』前編

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◇なまえ





 私の一族は鉢屋衆と呼ばれていてね、結構有名な忍集団なんだ。ああ、知っている?それもそうか。
 私はそこの棟梁の三男坊でね。ん?失礼な、だから三郎と名付けられたのではないよ。まあ、全くの無関係ではないけれども。
 


 少し、私たちの話をしてみようか。

 私たちには主と定め仕え続けるある旧家が存在してね。もちろん極秘さ。鉢屋衆はずいぶん手広くいろいろなことに関わっている。主家の存在がばれたら恨みを向けられかねないだろうから。
 その家は昔はたいそうな力を持った武家の一つで、鉢屋はそこのお抱え忍の一族であったのだが、長いときの中でやはり力は弱くなってしまった。今も権力は持たないまでも影響力は残っているがね。


 そんな旧家をいまでも鉢屋は主としてお仕えしているのだが、鉢屋はずいぶん力を付け大きくなった。その旧家ひとつだけに仕えるのでは成り立たなくなってしまってな。その当時の主に許可を得て主家を隠したまま他の仕事も請け負うことになり、世に名を馳せるようになったというわけだ。
 旧家を隠すにはもう一つ理由がある。鉢屋が大きくなり名を知られれば主の住まう土地やその一帯には手を出しにくくなるだろう。なにせどこの家が鉢屋の抱え主かわからないのだから近隣の武家も守られる。そうやってなんとか旧家は権力はないまでも見放されずにすんでいた。



 ところで、鉢屋が他からの仕事を請け負うことにはもちろん条件が付いた。
 一つ目は旧家に危機が迫った場合、なにを捨ててでも優先して馳せ参じ、彼らを守ること。これは当然の要求だな。

 そしてもう一つ。旧家の、その宗家の血筋。そこに男児が生まれた場合、年の近い鉢屋の忍を一人、一生涯を掛けて仕え続けさせること。


これが最低条件だった。



 一つ目は説明の必要はないだろう?二つ目なんだが、これは鉢屋が外を知り、裏切るという可能性を多かれ少なかれ警戒したのだろうね。最初は人質のつもりだったのだろう。しかし当時の鉢屋の棟梁はそれに絶対の忠誠を示すことを当然の前提としてほかにも条件を付け足した。


 その忍は鉢屋とも主家とも独立した立場を持ち、その主ただ一人だけの意志と共にあること。
 忠誠の証として、主にすべてを捧げる。どう捧げるかというと、七つの時までは名を持たずに鉢屋の一部として扱われ、初めての顔合わせの際に名を与えられることで主のために生まれ存在するということを明示化させるんだ。
 もう一つ捧げる物は顔だ。素顔に熱した鉄棒を押し当てて焼く。たった一度だけで良い。忍に特徴や目印となる容姿は御法度だからな。


 
 私にもあるよ、左頬にひきつった火傷の痕がね。ほんと、ご先祖様というものはなんてはた迷惑なことを言い出してくれたもんだ。
その顔は主以外に見せてはいけない。見たがる人間もいないから、外気に晒すことはもうほとんどなくなった。




 まあそんなわけで、母胎から頭を出す前から主の決まっている忍は完膚無きまでに自己を奪われ徹底的に忍の技と己が主ただ一人に従うことを叩き込まれる。


 主とまみえ、名と顔を与えられることでやっと存在を許される器械人形、その一人が私だった。









 さて、ここで私の主の話をしようか。

 私の主は宗家の三男坊でね。ああ、私と同じだ。一つ違うのは、彼が双子として生まれてきたことかな。どこの家でもやはり双子というのは忌み嫌われるものだ。殺されはしなかったものの少し先に生まれてきただけの片割れとはやはり区別されて育てられることになっていた。
 私より半年ほど早く生まれていた主は七つになる生まれ月に双子の兄と離されたんだ。それまでは一緒だったようだけどね。それが嫡男の双子だったのならば影武者のように扱われたのだろうが、次男の双子だ。特に縛られもせず、そこそこの家柄を持ち宗家とは繋がりの薄い家に養子に出された。



 その頃の私はといえば、ただ忍術だけを学び取るだけのとても聞き分けのよい子だった。わけなど全くなく、今思い出しても生意気なすれた子供だったと思うよ。表には出さないようにしてたけどね。
 
 次男坊に従う忍は二年ほど先に生まれていた従兄弟の誰かと決まっていた。ああ、私が誰だかとは知らないということだよ。一族の中でも秘密主義ばっかだからね、うちは。
 本来なら養子に出された男児には忍は必要ないのかもしれないが、私はもうその主に仕えるように育てられてしまっていた。旧家の当主もこれから先この家には生涯関わらずに生きていく息子を不憫に思ったのだろう。寂しくないようにと予定通り、私はその子供に付き従うことになった。





 
 はっきりいって、鉢屋も主家もこれから会う主も、私にとってはどうでもよかった。どこにいても忍などろくな生き方は出来ないだろう。まだ私も七つになったばかり、修行と称して忍の仕事にはかり出され続けるようだったし、きっと主とは関係ないところで死ぬのだろうな、そんなことなぞをぼんやりと思っていた。




 その家は暮らしに苦労はないが別段裕福でもない、長男も順当に育ち跡を継ぐのが決まっていたごく平凡に幸福を獲た家族だった。そんなところだから主はこの家を継ぐことはなく、おそらく血を繋ぐのも許されないまま静かな生を送ることになるのだろうと漠然と思った。そして、その通りだった。







 その家に、主はいなかった。



 もちろん追い出されたわけではない。疎まれているわけでもない、主家から仕送りはそれなりにあるという話だし。
 普段は武家の子供ながらも家の手伝いを健気にこなし、養家とも良好な関係を築きあげているらしいが、預けられてからまだまだたった半年足らず。こうやってたまにふらりといなくなっては土手やらどこやらを歩き回っているそうだ。




 そんなわけで、私は初めての我が主との顔合わせをさんさんと日輪が差すのどかな草原の中で行うはめになったのだった。







 家の者の言う通りに居そうな場所と言うことで私は今森の中を延々と歩いている。あまりにも範囲が広すぎやしないか。そうしてやっと視界が開けて、草っぱらだけの見晴らしの良い場所に出た。
 そして見つける、大きな樹木の下にある茶色い頭。そこで、ふとむくむくと沸き上がる悪戯心。いきなりにやけどの痕を抱える顔を見せてもいいが、どうせなら彼と同じ顔にしてみようか。彼と、そして彼の双子君の顔に。
 気味悪がられても疎まれても別にかまわない。むしろ同い年の子供など扱い方など知らないのだ。変に懐かれるよりよほど良いだろう。


 そう思って、付けていた狐面をはずして姿を模した後に、わざと大きな音を立ててこれから忠義を尽くすことになる主に近づく。同じ木陰に入ったところで、その頭は振り向いた。




「おまえ、狐かなにかか?」


 私と目を合わせた瞬間、驚きに開かれた瞳は、すぐに冷静を取り戻し躊躇うことなく誰何を問うた。

「・・・なんだ、兄弟君とは思わないんだ?」

もっと驚くなりなんなりの反応をすると思っていた身としてはいささか拍子抜けで、演じることもなくさっさと張り付けていた笑みを解いた。


「あの子がひとりでこんなところに来るわけがないだろう。」
「わからないよ、別れた弟を恋しんで来るかもしれないではないか。」


その言葉にくすくすと笑う幼い少年は、まあ座れとばかりに手招きをした。特に断る理由もなし、日差しも強まってきたことだしとそれに応じ、土から突き出た根に並んで腰掛けた。


「そうだね、そんなこともあるかもしれない。けれど鉢屋の忍はそれに気付かないほど抜けてはいないだろう。いまここにはぼくとおまえしかいないと思うんだけどな。」

「・・・ずいぶん気配を察する自信があるみたいだね。」

「本家にいるときは周り中に忍や女中さんなんかがいたから。あの子に付いた忍ならわかる自信があるよ。」


まあ、偉そうなことを言ってもただの勘だったんだけどね。



 隣にいる私にたやすくにこりと笑う主を見て、やっと私は鎌を掛けられたのだと理解した。二つ年上の従兄弟は当然の事ながら二年早くこの双子の兄君に付いているはず。ならば必然的に彼の傍にも居たのだからわかるだろうと思ってしまった。そうだ、鉢屋の忍は主にさえ気配を隠す。名を呼ばれて初めてそこに来たかのように振る舞うのだったなあ。



「・・・へえ」
「ずいぶんとのんびりな反応だな」
「んー、こうのどかだとせっぱ詰まる気にもならない」



それもそうか、となにが楽しいのかくすくすと笑う主を横に感じながら、空に目をやる。
 事実、私は投げやりだった。主家から離れた主を狙う輩など早々現れない。私の役目は御身を守ることのみだ。なれ合う必要などないのだから。・・・今のこの状態はなにかと訊かれると、それは確かに返答に困るのだが。



「なあ狐、少しぼくの話を聴いてはくれないかい?」



狐呼ばわり決定。本当はそろそろ敬語を使い媚びへつらわなければならないところだが、まあいいだろう。後で言えばいい。むしろすでに勘付かれている気がしないでもなかった。


「私でよければ。」

どうせ家に帰るまで傍にいなければならないのだし。断りながらもここに居続けるのもなあ。


気配を消して遠くから見張っていればいいことには目を瞑った。興味が出たのかもしれない、あるいは唯単にこの暖かい日差しや風の中にいたかったからなのか。どのみちこの考えは自分には珍しいものだった。しかし確かに、この空気の中で堅くなるのは阿呆らしいと思ったのだ。


「ぼくね、実は双子の兄の方なんだよ」



・・・のどかな空気が自分の周りだけ吹き飛んだような気がした。


「簡単にそんな爆弾発言をしてくれなさいますな」


なるほど、驚きも度が過ぎると冷静になれるものなのか。そして自分はそうなると敬語になる。初めての感覚だ。これを現実逃避というのだろうなあ。今日は初めてづくしだ。



「いいじゃないか、狐には人間のことなど明日の飯に比べたらどうという事でもないだろう?」

まあ聴いておくれ。ぼくはこの秘密を一生抱えていかなければならないんだ、全く関わりのない者に吐いてみたかったんだよ。



全くどころか大いに関係するのですが。という言葉を呑み込んで横をちらりと見やる。主は先ほどと変わらず笑顔のままだった。



 ぼくの弟は随分と寂しがり屋でさ。ずっとぼくや母上にべったりだった。けれど誕生月の朔日だけは弟は離されて眠ってね。幼い頃から少しずつ区別を付けられていたんだろう。だけどぼくの弟はやはり駄々をこね、今年だけは入れ替わってくれ、来年からはがんばるからとねだられてしまった。ぼくは兄だから、そんな弟がかわいかったんだよ。


「それが去年の話。その日の夜から、僕らは印を付けられて明確に分けられるようになったんだ。」


そしてふと見やられた左の二の腕の内側、手首寄り。確かそこには、人差し指の第二間接ほどまでの小さな火傷があるはずだった。それが双子の兄弟を分ける小さくて大きな目印だ。


「・・・間違いだとは言わなかったのか?」
「言ったさ、けれどぼくたちはそれまでが一緒に居すぎた。どれも証拠にはならなかったよ。」


それに仕える忍や家臣が、今更怪我させといて間違えました、なんて言えるわけないだろう。


「それでそのまんま。ぼくがここにいるわけさ」

「・・・」


 それでもその顔は笑みを形作ったままなのか。と、どうしようもないことを考えた。そう、私には何もできない。



「悔やんで、いるのか?」


それでも口を突いて出たのはともすれば傷つけるだけの言葉。しかし主は笑って首を振った。

「今の生活が悪いものだとは思っていないよ。区別はされたけどつらく当たられたわけじゃない。家族には会えなくなってしまったけど、みんなは自立が早まっただけだと言うし。」


うん、ぼくもそう思う。
ただ、まったく気にしないではいられなかったんだけどね。



 私は急いで主の顔を見やる。そして我ながら勝手な話だが、その表情が全く変わっていないことに落胆を覚えた。

「あれ以来なにかを選ぶことが苦手になってしまったよ。」
こうするのも、ずっとずっとここで考えてやっと決められたんだ。


「・・・こうするのも?」
「うん、このことを誰かに話すってこと。」


それまで原っぱや木々のもっと遠くまで見えているんじゃないかと言うほど遠くを見ていた瞳が、こちらを向いた。やはり笑顔だった。





「おまえの役目は『主家の三男坊に生涯仕え守ること』だろう?」







ああ、なんとなくわかった。なんで笑顔が気に食わないのか。自分がそうだからだ。だから、他人に表情を繕われるのが腹立たしくて仕方ない。



気付いたら、思い切りぶん殴っていた。









「・・・あ。」

目の前には頬を押さえて呆然とする我が主。自分でも驚いた。けれど、謝る気には到底なれなかった。


「付き従はなくてもひいとはひったけど、殴らへるとはほもわなかった。」

「・・・腹が立ったんだ。」



口の中まで切ったのか聞き取りづらい。頬が膨らんでいるのは内側から舌で舐めているからか。


「わかっているようだから言うが、部下の忍にまで気を使うなどばかげているぞ。知っているだろう、おまえの家族が俺たちをどんな風に扱っているのか。おまえももっと横暴になったらどうだ。」


まだ感情は顔に戻らない。ただ魂が抜けたように目を合わせるだけだった。

「だいたい、辛くは当たられなかった?居ないことにされただけだろう。たかが一年そこら適当にあしらわれただけで全てを知ったつもりで居るだけだ。自惚れるな。双子だからと言う阿呆な理由で殺されなかった分その幸運をとんでもなく利用して楽しんでみたらどうだ。死ぬかもしれなかったのに生きているんだろうっ?」


そう、殺されるはずだったのだこの目の前の子供は。たまたま育成費目当てに名乗り出る調度良い貰い先があっただけだ。たまたまあの脳のないただ家を継ぐだけの当主が気まぐれに哀れんで命を救っただけだ。

そんな命に俺は一生を捧げるように言われ続けて育った。





「おまえや周りがどう思おうと俺はここにいる。さあ、名をよこせ。」
「・・・え?」
「名前だ、名前。主に名をもらって初めて鉢屋の忍は生まれてきたと証明される。だから名をよこせ。」

 べりりといささか乱暴に顔の上に乗る皮をはぎ取った。一瞬己の黒髪が視界を覆う。主と目を合わせるために目の前に座り込んだ。

「主、俺に名を。」




「さ、さぶろう・・・。」

「三郎?」


呆然としたままの主がただかくんと頷いた。


「そうか、では俺は今日から鉢屋三郎だ。」
そして名付けたおまえだけが私の主だ。










 三郎という名は元は主の名だった。家族と離れた後、それでも同じ屋根の下。便宜上三番目の子供だから三郎と呼ばれていた。今は双子の兄弟と同じ名を名乗っている。しかし確かに三郎というその名前は主のものだったのだ。

 今から思うと、『名をよこせ』と言ったからだとわかる。迷い癖のある主だ、すぐには思いつかなかったのだろう。だがあのときの私はうれしかった。今だからわかるがうれしいと感じたのだ。なんだか自分のものに所有物の証として刻むことと同じ事をされたようで。唯一の本当に主だけのものだと言えたその名を、大事だったはずのものを初めて分け与えられて。

私は、うれしかったんだ。
うまれてきていいと、いわれたみたいだったんだ。





 ああそうか、自分に従わなくていいと言われた事にも腹が立ったのは自分の産まれ生きてきた意味を否定されたと思ったからか。無駄だと言われたような気がしたからか。

 別にこの主が気に入ったわけではなかった。諦めて生きているような奴のどこを気に入れと言うのか。


けれど、全てが気に入らないというわけではなかったよ。









あたたかな心地など、ずっと知らなかったからね。






 地に触れていた手のひらを掬いとり、その甲を額に押し当てる。

「これから先、私はいつまでも主と共に在る。共に生き、従い、命を守る。けしてひとりにはしない。」



一度ぎゅうっとその手を握りしめ、顔を上げる。嗚呼、やっと感情が表れた。




「・・・本当に傍にいてくれるのか」
「ああ」

「ひとりにしないで、くれるのか?」
「ああ」

「ぼくなんかで、いいの、か・・・?」
「おまえ以外の誰に従えと言うんだ」

「弟、とか・・・」
「本家に私の居場所などない」

「、それは」
「おまえが誰であれ、私は今ここにいるはずの己の主に会いに来た。目の前の主のためにと育てられたのだ。そして私の視界にはおまえしかいない。」

それだけで充分だ。






 なんて強情な主だ。まだ堪えようとする。眉に寄ったしわがおかしくて、人差し指で捏ねた。

「いいだろう?ここにいても。追い払われたら困ってしまうんだ。」


・・・なにせ主に気に入られなければ、鉢屋には従う必要なしと躾られている子供など邪魔なだけだ。処分されてしまう、とは目の前の少年には言わないでおいた。




「ぼく、もの凄くわがままだぞ。いつか止めておけば良かったと思うかも、」

「・・・それはめんどうだな」

「う・・・、」

未だ繋がったままの手のひらに力が込められる。嗚呼、もしかしたらとんでもなく頑固なのかもしれないな。


「冗談だ。主だろう、そのくらい覚悟している。」

「そんな、覚悟は、いい・・・。いらない!」


急に腕を引っ張られ、膝が地面をたたく。拳二つ分ほどの距離まで顔が近づいた。


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