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迷わないと決めていた。
大丈夫だと、思っていた。
だから、三郎と別れたのだ。
最後まで納得がいかないと言い募る彼を振り切って。
あぁ、だけど。
やはり無理だった。僕には選べない。
携帯の短縮番号を押す。
数回のコールの末、数時間も経っていないというのに既に恋しく思える声が届いた。
『・・・雷蔵?』
「あ、の。三郎」
言いよどみ躊躇う雷蔵の言葉を、三郎は優しく相槌を打って待ってくれた。
それに答えなくてはいけない。
「あの、ね」
『うん』
「唐揚げ定食とアジの開き定食、どちらが良いと思う!?」
僕は大学に入ってからアパートを借りている。割安になるからと勧められて三郎とはルームシェアをしていた。
今日も二人で登校してきたのだが、三郎の授業には先程休講通知が出ていた。
あいつは僕の授業に一緒に出席すると宣言したが、せっかく今日はもう授業がなくて帰れるのだ。僕に付き合って三郎の時間まで消費することはない。
渋る三郎を宥めて家に帰し、四限まである僕は昼食を取ることにした。
そして件の問題にぶち当たるという訳だ。
『そっか、今日は唐揚げとアジの開きか』
携帯からくすくすと笑う音が聞こえる。悔しかったが迷ってしまったのだからしかたない。
昔から迷ったなら相談しろ、相談と無責任を一緒にするなと三郎には散々言われてきた。
答えを他人に頼る行為ではない、話すことで他の道だって見つかるかもしれないだろう。そんな意味合いのことを成長するにつれ多彩になっていく言葉と例をあげ連ねながらいつも一緒に悩んでくれた。だから今さら三郎に電話を掛けることに対して羞恥や躊躇は感じない。
悔しさだけは先程三郎に大丈夫だと言った手前あるが、そこは許してほしいところだ。
『・・・ぃ食を食べてきな』
「え?」
柔らかく零れる微笑を耳にしながらまた考え込んでいると、唐突に答えが差し出された。
『アジの開き定食。今日はお肉が安いんだ。夕食、唐揚げ作って待ってるからさ』
早く帰って来てね、という言葉とともに頭を撫でられた、ような気がした。
「うん、うん分かった、ありがとう!」
『どういたしまして。じゃぁまた後でね』
自分でも単純だなぁとは思うのだが、なんだか暖かくてわくわくして。アジの味は、いまいち覚えていなかった。
・・・なんだか、これが帰りの連絡なら完璧に新婚夫婦だ、なんて思ってしまってからは今度はそれに頭がいっぱいになった。
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